ねずみこんれいず 鼠婚礼図
江戸期京都派を代表する画人
彩美版®・軸装
版元シール
画寸(縦x横):
27.0 x 46.3 cm
額.軸寸(縦x横):
114.3 x 64.5 cm
作品状態:良好
- 販売中
作品概要
婚礼の宴の鼠たち。酒を注ぎ、盃を受け、扇を拡げる。料理や飾りも準備されているが、遅れてきた客が…。よそですっかり飲んできたのか、すでにすっかり酔っぱらって、尻尾をかかえられ、引きずられて来る始末。手には杯をもったまま。宴席から一頭の鼠が、走り出そうとしている。
「どうしてこんなに遅れちゃったのよ」といわんばかりに。酔っぱいを連れてきた鼠は、「いや、まいったねえ、こいつ、すっかり出来上がっちゃって」というところか。この絵で異例に広い余白がとってあるのは若冲が鼠のセリフを、マンガの吹き出しみたいに想像させようとしたからだろう。人付き合いが苦手だった若冲、こんな宴席でつらい経験があったにちがいない。(中略)
「米斗翁八十一歳画」という落款がある。最晩年、少々貧乏して、絵を描いて米一斗と換える自分を嘲笑った雅号。
若冲は還暦以降、元号が変わるたびに自分の年齢を一歳ずつ加算しているから、実は79歳、寛政6年(1794)の作。宴席などまっぴらごめんの若冲老人、鼠に託して擬人化した絵なのだろう。
山下 裕司(明治学院大学教授)
彩美版とは?
画材の質感と豊かな色調を再現するために生み出された新時代の画期的な技法です。彩美版®の特徴は最新のデジタル加工処理技術と高精度プリントにより、作品のもつ豊かな色彩や筆使い、原画の持つ芸術的鼓動までも再現しています。その完成度の高さから最近では版画のカテゴリーとして認識されています。
トーキョウアートでは版画としてカテゴリー検索されます。
伊藤 若冲1716年(享保元年)~1800年(寛政12年)
経歴
1716年(享保元年) 京都の青物問屋「桝源」主人三代伊藤源左衛門の長男として生まれる。幼名不詳。
1738年(元文3年) 父源佐衛門、四二才で没。若冲四代目源佐衛門となる。
1755年(宝暦5年) 次第白歳に家督を譲り、画業に専念する。
1764年(明和元年) 金刀比羅宮奥書院に赴き障壁画作成。
1765年(明和2年) 釈迦・普賢・文殊像三幅対、および花鳥図「動植綵絵」二十四幅を相国寺に寄贈。
1975年(安永4年) この年板行の「平安人物志」に、応挙、若冲、大雅、蕪村の順で載る。
1790年(寛政2年) 大阪西福寺および伏見海宝寺にて障壁画作成。
1799年(寛政11年) 石峯寺本堂天井画花卉図作成。
1800年(寛政12年) 九月八日没。十月二十七日相国寺で法要行われる
1889年(明治22年) 相国寺、「動植綵絵」三十幅を宮中へ献納、金一万円を下賜される。